目次

  • はじめに

  • 1.感染の“兆候”に気づく視点

  • 2.嘔吐時の対応:最も感染拡大しやすい場面

  • 3.発熱時の対応:全体感染の前段階

  • 4.感染が疑われる場合の施設対応の基本手順

  • 5.感染症対応と加算との関係

  • おわりに:初動が未来を左右する

はじめに

介護施設では、インフルエンザやノロウイルス、COVID-19などの感染症が発生すると、一気に施設全体へ拡大するリスクがあります。特に高齢者は免疫力が低く、重症化しやすいため、初動対応の迅速さと的確さが被害の規模を左右します。

本記事では、感染症の兆候をいち早く察知し、現場で確実に実施できる初動対応の基本手順を、嘔吐・発熱といった具体的な場面に即して解説します。

1.感染の“兆候”に気づく視点

日々の観察がカギ

感染症拡大を防ぐ鍵は、「発熱や嘔吐が起こる前」の小さな異変に、どれだけ早く気づけるかにかかっています。
高齢者は体調変化を訴えにくく、感染していても自覚症状がはっきりしないことも多いため、日々の観察が重要です。

観察すべき“いつもと違う”サイン例

  • 会話量が減っている、表情が乏しい

  • 食欲、食事量が急に落ちた、水分を取りたがらない

  • 微熱(平熱より+1℃程度)、身体のだるさを訴える

  • トイレの回数が増減している、尿臭が強い

  • せきや鼻水、声のかすれがある

「いつもと違う」が初動の第一信号。介護職員が最初のセンサーになります。

観察から記録へ:兆候を確実に残す

  • 微熱や食欲低下など、観察によって得た一見些細な変化も記録することが重要です。

  • 記録が蓄積されることで、「2日前から微熱」「昨日は下痢が1回」など、時系列での評価が可能になり、医師・看護師の判断材料となります。

2.嘔吐時の対応:最も感染拡大しやすい場面

介護施設において、嘔吐は感染症の拡大リスクが最も高い瞬間のひとつです。特にノロウイルスやロタウイルスといった感染性胃腸炎では、嘔吐物に含まれるウイルスが大量で強力なため、処理が遅れたり手順が不十分だと、数時間以内に複数人へ広がる可能性があります。


◆ 現場対応の流れ(初動がすべて)

  1. 利用者の安全確保と即時報告
     ・嘔吐を確認したら、周囲の利用者を離し、管理者・看護師へ連絡。
     ・処理をするまでの間、絶対に他者が近づかないように注意喚起

  2. 防護具の装着
     ・使い捨て手袋・マスク・エプロン・必要に応じてゴーグルを着用。
     ・処理はできれば2人以上で対応(役割分担が重要)。

  3. 嘔吐物の処理と消毒
     ・ペーパータオルで嘔吐物をそっと覆い、0.1%次亜塩素酸ナトリウムで拭き取り。
     ・床・壁・椅子・歩行器など、飛散が予想される2m範囲を拭き消毒
     ・使った手袋や汚物はビニール袋に二重にして密閉廃棄。

  4. 換気と清掃後の手洗い
     ・対応場所の窓開け・換気(10〜30分目安)を実施。
     ・処理後は手洗い+うがいを確実に。衣類も必要に応じて交換。


◆ 忘れてはいけない“記録”の重要性

嘔吐時の記録も非常に重要になります。
発生日時や場所、対応者、処理内容、影響範囲、対応後の処置をできるだけ正確・具体的に記録しましょう。

この記録は、感染対策加算の算定根拠や、後日の行政報告にも活用できます。


◆ よくある対応ミスとその防止策

NG行動

防止策

嘔吐処理に素手で対応

処理キットをすぐ取り出せる場所に備蓄

嘔吐直後に周囲の利用者を放置

一時避難先の誘導ルートを事前に想定しておく

水拭きだけで済ませてしまう

塩素濃度と手順を記載したマニュアルを周知

◆ 嘔吐後に必ず行うべき「事後対応」

 記録以外にも以下の事後対応が重要です。

  • 健康観察の強化(処理者、近くにいた利用者を48時間モニタリング)

  • 物品(バケツ・モップなど)の洗浄・消毒(熱水+塩素が効果的)

  • 使用区域の一時閉鎖/使用制限(できれば数時間)

3.発熱時の対応:全体感染の前段階

発熱は、インフルエンザやCOVID-19などの感染症の代表的な症状ですが、高齢者では微熱(37.0〜37.4℃)や食欲低下といった非典型的なサインで始まることも少なくありません。
この時点での対応の早さが、「1人で止めるか」「全体感染につながるか」を分ける分岐点になります。


◆ 初動の対応ポイント(発熱を確認したら即対応)

ステップ

対応内容

① 状態確認・記録

体温・脈拍・血圧・呼吸数などを測定。普段との差異も記録。

② 感染を想定して動く

37.5℃以上で原則「感染症疑い」として対応開始。

③ 個別対応へ切り替え

食事・トイレ・移動を別対応に。可能であれば個室に移動。

④ 看護師・医師へ報告

症状経過、接触状況、既往歴等を共有し、検査指示を仰ぐ。

⑤ 他利用者・職員の健康観察強化

同室者・接触者の体温測定を1日2回に増やす。


◆ 判断の目安(報告・隔離の基準)

以下のいずれかに該当する場合は、看護師または管理者へ即報告し、施設内で「感染症疑い」として扱います。

  • 37.5℃以上の発熱がある(ただし平熱が低い方は+1℃で判断)

  • せき・息苦しさ・下痢・嘔吐など他症状を伴う

  • 最近、体調不良者との接触歴がある(ご家族・外部サービス含む)

  • 他職員・同居者・来訪者で体調不良者が出ている


◆ 職員対応時の注意

  • 不要な接触は極力避ける(声掛け・誘導も距離を確保)

  • マスク、手袋、場合によりフェイスシールドを着用

  • 接触後は手洗い・消毒を徹底(1回の介助ごとに)

  • 検温や観察の後は、「記録」と「口頭報告」をセットで実施し、記録には必ず「時刻」「発言」「表情・訴え」の具体性を残す

  • 看護師や医師が不在の場合は、施設で定めた感染マニュアルに従って判断と初動対応を行う
     (例:上司・施設長・緊急連絡先へ電話報告)


4.感染が疑われる場合の施設対応の基本手順

感染症の疑いが生じた瞬間から、施設全体としての対応体制の「実効性」が問われる局面に入ります。初動を誤ると、1〜2日で複数フロアに広がることもあり得ます。


◆ 施設としての対応の基本ステップ

ステップ

実施内容

①ゾーニング(区域分け)の実施

感染疑い者の生活動線を分離。共用トイレや浴室は原則使用中止。

② 対応職員の固定化

対応する職員を限定し、他利用者との接触を避ける

③感染拡大防止策の強化

共有スペースの消毒回数を増やす、職員の検温を1日2回に変更など。

④ 施設内ミーティングの開催(状況確認と今後の方針)

管理者・看護師・職員代表で毎日短時間の情報共有を行う。

⑤保健所・医師への相談と報告対応

発熱者数・症状・対応状況を整理し、必要に応じて報告書を提出。

◆ 感染対策マニュアルの整備と周知がカギ

  • 「誰が、何を、どの順でやるか」が整理された簡潔な手順表があると、非常時でも迷わず行動できます。

  • 年2回以上のシミュレーション(机上訓練・実地訓練)を行うと、対応の質が大きく向上します。

5.感染症対応と加算との関係

一定の感染対策を講じた施設は、以下の加算を取得できる可能性があります

加算名

要件

対応例

感染対策強化加算

感染対策委員会の設置、職員研修、ゾーニング

年2回以上の研修、PPE使用マニュアル整備

療養食加算(発熱対応食など)

医師の指示に基づく特別食提供

嘔吐・下痢時の個別対応食

記録と手順を整備することで、感染予防と収益確保の両立が可能になります。


おわりに:初動が未来を左右する

感染症の拡大を防ぐ最大のカギは、「最初の1人」に気づき、「最初の30分」(嘔吐の場合)で対応できるかどうかです。職員一人ひとりの観察眼と基本手順の徹底こそが、集団感染を未然に防ぐ最大の武器となります。

嘔吐・発熱は“サイン”です。慌てず、しかしすばやく、確実な初動対応で命と暮らしを守る現場力を高めていきましょう。

(参考:厚生労働省 「介護現場における感染対策の手引き 第3版」

東京都「社会福祉施設等におけるノロウイルス対応標準マニュアル ダイジェスト版」

監修: 山口開渡 先生
<プロフィール>
登録理学療法士、両立支援コーディネーター、リスクマネジャーを保有。
大学卒業後、リハビリテーション特化型の通所介護事業所に入社。
その後、ケアミックス病院に転職、介護老人保健施設にて通所リハや訪問リハに従事。急性期~緩和・在宅期と全ての病期を経験。